95 おほけなく〜 |歌の意味・解説・翻訳【百人一首】

95 おほけなく〜 |歌の意味・解説・翻訳【百人一首】

95 おほけなく うき世の民に おほふかな わが立つ杣に 墨染の袖 【前大僧正慈円】

読み方(おほけなく うきよのたみに おほふかな わがたつそまに すみぞめのそで)

出展「千載和歌集」

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意味「95 おほけなく〜」

身に過ぎたことだが、苦しみの多い世の中の人々に、比叡山に法師として住み始めてから身につけている、この墨染の衣の袖をおおいかけたいことよ。

作者:前大僧正慈円とは?

前大僧正慈(さきのだいそうじょうじえん)は、平安時代巻から鎌倉時代のはじめの人で、百人一首の第76番歌の詠み手:藤原忠通の子にあたります。

慈円は、父親の死をきっかけに、わずか11歳で出家したといわれています。

その後、天台宗の最高責任者である「天台座主」に4回もつき、宗教界の実力者となりました。

慈円は歌人としても活躍し、西行法師、藤原定家、源頼朝とも親しかったといわれています。

解説「95 おほけなく〜」

「おほけなく」は「身の程をわきまえないで」「身分不相応の」の意味です。

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「うき世の民」は、「つらい世の中にすんでいる人々」のことを指します。

「おほふかな」は、「「墨染の袖を」おおうことよ」という意味になります。「墨染の袖をおおう」のは、人々に仏の助けがあるように祈ること、を意味しています。

「わがたつそま」は、比叡山を意味しています。天台宗の開祖:最澄が歌の中で、比叡山のことを「わがたつそま」と詠んだことに由来しています。

「墨染」は、そうが着る墨色の衣のことで、僧を意味することもあります。「住み初め(すみぞめ)」との掛詞になっています。

平安時代末期は、貴族から武士の時代に移り変わっていく時代でした。各地で戦乱がおきたり、病気やききんがおきたり、不安定な世の中でした。

そんな乱れた世の中の様子に慈円は心を痛めていた様子が、この歌にあらわれていますね。

「おお」から始まる歌は3首ある

上の句の最初が「おお」の音から始まる歌は3首あります。三文字目でどのうたか決まる「三字決まり」に歌になっています。

44 あふことの ー ひとをもみをも
60 おおえやま ー まだふみもみず
95 おほけなく ー わがたつそまに

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