26 小倉山〜 |歌の意味・解説・翻訳【百人一首】
26 小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば 今ひとたびの みゆき待たなむ 【貞信公】
読み方(をぐらやま みねのもみぢば こころあらば いまひとたびの みゆきまたなむ)
出展「拾遺和歌集」
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意味「26 小倉山〜」
小倉山の峰の紅葉よ、もしお前に心があり、情緒というものがわかってくれるのなら、今度、天皇が訪れるときまで散らずに待っていておくれ。
作者:貞信公とは?
この歌の作者:貞信公(ていしんこう)は、平安時代の貴族で、名前は藤原忠平(ふじわらのただひら)といい、「貞信公」は死後におくられた呼称です。
藤原忠平は、従一位の摂政・太政大臣・関白になり、「藤原氏の全盛期の基礎を作った人物としても有名ですね。
他にも「小一条太政大臣(こいちじょうだいじょうだいじん)」とも呼ばれたり、宮中での鬼退治の伝説も残っています。
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解説「26 小倉山〜」
この歌は、上皇(天皇を退位した後の位)の旅行(当時に表現で「行幸」といいます)のお供をした作者:藤原忠平が、「上皇の子どもである天皇が、今度この地を来るまで、散ることなく待っていておくれ」と紅葉に語りかけている歌です。
昔の時代から、日本人の文化には「自然に語りかける」という姿勢がありますよね。例えば、幕末の坂本龍馬が海に向かって「日本を洗濯し候」という言葉も有名です。
この歌の最初の「小倉山」は、京都の嵐山と向かい合っている山で、紅葉の名所として、また「歌枕」としても有名ですね。
小倉山は、撰者の藤原定家ゆかりの地でもあって、「小倉百人一首」の「小倉」です。
「心あらば」は「心があるならば」の意味で、「みゆき」は天皇や上皇の旅行などを意味します。
「待たなむ」は「待ってほしい」という意味になります。
下の句が似ている歌があるので注意
この歌と56番歌の「あらざらむ〜」は、どちらも下の句の最初が「いまひとたびの」で始まり、とても似ているので注意してくださいね。
26 おぐらやま ー いまひとたびの みゆ
56 あらざらむ ー いまひとたびの あふ
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