70 さびしさに〜 |歌の意味・解説・翻訳【百人一首】

70 さびしさに 宿を立ち出でて ながむれば いづこも同じ 秋の夕暮れ 【良暹法師】

読み方(さびしさに やどをたちいでて ながむれば いづこもおなじ あきのゆふぐれ

出展「後拾遺和歌集」

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意味「70 さびしさに〜」

さびさしさのあまり、庵を出て外の景色をながめてみると、どこも同じようにさびしい秋の夕暮れだなぁ。

作者:良暹法師とは?

この歌の詠み手である良暹法師は、平安時代中期の僧ですが、詳しい経歴ははっきりとはわかっていません。

良暹法師の父親が比叡山で修行した経験があったという説もあり、良暹法師も比叡山延暦寺の僧だったのではといわれています。

ですが、当時の比叡山はかなり荒れていたこともあり、修行ができるような場所ではありませんでした、そのため、良暹法師は京都市北部の大原の粗末な庵(家)で、ひっそりとひとりで暮らしていました。

この歌は、ひとりさびしいくらいを、秋の夕暮れに重ねて表現した歌です。

解説「70 さびしさに〜」

「さびしさに」は、「あまりにさびしいので」という意味です。

「宿を立ち出でて」は、「家から外に出て行って」の意味で、「ながむれば」は「ながめてみると」という意味です。

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「いづこも」は「どこもかしこも」という意味になります。

百人一首の中で、四季を詠っている歌は全部で32首ありますが、その中でも秋をテーマにした歌が一番多く、16首あります。

「新古今和歌集」には、「三夕の歌(さんせきのうた)」という秋の夕暮れを詠った有名な歌が三首あります。三首とも、百人一首に選ばれている歌人ですね。

【寂蓮法師】
さびしさは その色としも なかりけり 真木たつ山の 秋の夕暮

【西行法師】
こころなき 身にもあはれは しられけり しぎたつ沢の 秋の夕暮

【藤原定家】
見わたせば 花も紅葉も なかりけり 浦のとまやの 秋の夕暮

「さ」から始まる歌はこの一首のみ

この歌は「さ」から上の句が始まりますが、「さ」から始まる歌は百人一首の中でもこの歌だけしかありません。

一文字目で歌が決まることから「一字決まり」の歌といいます。一字決まりの歌は全部で7首あり、「むすめふさほせ」と覚える方法が有名ですね。

「む・す・め・ふ・さ・ほ・せ」
18 すみのえの ー ゆめのかよひぢ
22 ふくからに ー むべやまかぜを
57 めぐりあひて ー くもがくれにし
70 さびしさに ー いづこもおなじ
77 せをはやみ ー われてもすえに
81 ほととぎす ー ただありあけの
87 むらさめの ー きりたちのぼる

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