86 嘆けとて〜 |歌の意味・解説・翻訳【百人一首】

86 嘆けとて〜 |歌の意味・解説・翻訳【百人一首】

86 嘆けとて 月やは物を 思はする かこち顔なる わが涙かな 【西行法師】

読み方(なげけとて つきやはものを おもはする かこちがほなる わがなみだかな)

出展「千載和歌集」

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意味「86 嘆けとて〜」

嘆け、といって月が私に物思いをさせるのだろうか、いや、そうではない。恋の思いのためなのに、まるで月が物思いをさせるかのように、流れ出る私の涙であることよ。

作者:西行法師とは?

この歌の作者:西行法師(さいぎょうほうし)は、平安時代後期の代表的な歌人のひとりです。

出家前の名前は佐藤義清(さとうよしきよ)といい、二十代前半までは武士でしたが、若くして出家して高野山で修行をしました。

その後、全国各地を旅して、多くの歌を詠みました。俳句で有名な松尾芭蕉も、西行に憧れて旅をした、といわれています。

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解説「86 嘆けとて〜」

この歌では、月を見て感傷的になった気持ちを歌に詠んでいます。

月のせいではないとわかっていても、まるで月が泣けと言っているように思えてしまう、昔の恋を思い出すと悲しくて涙が出てしまう、という歌ですね。

西行は、とても歌が上手なお坊さんで、月や恋の歌を数多く詠んでいます。

平安時代では、この歌のように、感受性が鋭い「優男(やさおとこ)」が女性から人気がありました。

「かこち顔なる」は、「他の物のせいにする様子」で、この歌では「月のせいにするようにして」という意味になります。

「なげ」から三字決まりの歌は2首ある

この歌以外に、第53番歌「嘆きつつ〜」も、上の句が「なげ」の二文字で始まる歌です。どちらの歌も、三文字目でわかるので「三字決まり」の歌になっています。

53 なげきつつ ー いかにひさしき
86 なげけとて ー かこちがほなる

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